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2020-10-09更新

プレイバック(2)1970

プレイバック 1970

 

1970年 昭和45年の出来事といえば そう大阪万博に尽きますわ。

まさに 万博 万博。 でした。

目指すは 大阪 大阪 千里の万博会場に。

「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、1970年3月15日から 9月13日までの183日間

大阪千田丘陵地にて 開催されました。77か国が参加し、戦後、高度経済成長を成し遂げ

アメリカに次ぐ経済大国となった日本の象徴的な意義を持つイベントでしたね。

期間中に訪れた人 6400万人。 まさに世紀の 大イベントでしたね。

万博の象徴 太陽の塔は、芸術家の岡本太郎がデザインし、1970年に開催された日本万国博覧会の

シンボルゾーンにテーマ館の一部。(長さ292メートル、幅108メートル、高さ約30メートル)

塔の頂部には金色に輝き未来を象徴する「黄金の顔」、現在を象徴する正面の「太陽の顔」、

過去を象徴する背面の「黒い太陽」という3つの顔を持っています。

ご存じ 岡本太郎さん。建築時に 大屋根をくり抜き 太陽の塔を突き上げる

アイデアを 出したそうです。 まさに 芸術は 爆発だ~。

しかし 設計、建築さんは、屋根の強度問題で ひえ~~。

建築途中の 太陽の塔

珍しい 写真ですね~。

会場の総合設計は 建築家 丹下健三 そして各パビリオンの設計は

当時新進気鋭の若き 設計者が、携わりました。

 

 

各パビリオン 警備担当者の 制服 ユニフォームも。。。

 

 

広大な万博会場の全景ですね。

左に ソ連館  右に対照的に アメリカ館があるのが 分かります。

こうしてみると 東西の2大 大国が象徴されてますね~。

 

ちなみに この万博デザイン 日本の国花である桜をかたどったもので 5つの花びらは

5大州 世界を表し ています。 なお日本館は、このシンボルマークを模って 5棟

構成で建設されています。

 

 

三菱未来館 

ここは、当時小学6年生の水道屋さんが 社員旅行で訪れた万博で最初に

行ったパビリオンでした。なんか 2時間ぐらい並んだような。

50 年後の日本はどのように変わっているだろうかを具体的テーマとして、球体スクリーン、シルエトロンなど

新しい技術を駆使して演出。 50年後の今から見ると 微笑ましいような演出でしたが、、(笑)

東芝IHI館

とにかく その奇妙な形を 覚えてますわ。

等辺三角形の鉄板を 6 枚合わせた三角錐のテトラ・ユニット(四脚方式)1,476 個を溶接して

立体的に組み上げた巨大なスペースフレーム(立体格子)があり、「グローバルビジョン」と

呼ばれる外径 40 メートルの赤いドームが、これに抱きかかえられるように造られていました。

50年前 小学生の田舎者には インパクトありますわ。今見ても インパクトありすぎ。

 

松下館

敷地の周囲に植えた約1 万本の竹を背景に、天平時代の建築様式を取り入れた堂宇2棟が

池に浮かんだように建っていました。

 

これこれ タイムカプセル。

この後 小学校 中学校で お手製のタイムカプセルを

校庭に埋めるのが 定番になりました。

後年 掘りにみんなで 集まったら 場所がわからなくなって 大笑い。

アメリカ館

空気によって支えられた展示館は、下から支えるか上から吊るすかという

これまでの建築の概念を根底から打破ったもので、建築自体が貴重な展示物でした。

このおよそ20年後に 東京ドーム。

 

お目当ては もちろん月の石。

長蛇の列でした。。見るのは ほんと一瞬でした。

 

 

ソ連館 

なんか ソ連という名称も懐かしいですが、アメリカに対抗するような?

目につく 建物でしたね~。

展示塔は長さ130メートル、最大幅70メートルの半月形の平面をもつ地下3階、地上3階の建物

 

日立館

出展内容の中心であるシミュレート・トラベル(模擬旅行)の演出との関連から

「乗物に乗っての旅」というドラマの大道具の役割を建物に与え、卖純明快に

未来の乗物を連想させる、宙に浮いた円盤状の建物。

 

 

シュミレーター トラベルに乗り込みます。

当時小学6年生の 私は 「すげー。。。。」と興奮

 

まさにあこがれの的 シュミレーター トラベル。

この操縦かんを握りたくて 8月の夏休みに 母親と再度万博に。

確か5~6時間待ちました。今じゃ考えれんわ~。

 

パビリオンのほかにも 画期的な代物が、、、

これは 動く歩道。。

「道路が 動く~」「歩かんでも すすむ」

田舎者には 目がテン。。

 

コードレス電話。

コードが ない。。「すげ~」

今から 見れば 小さな弁当箱みたい (笑)

 

そして ここ三洋館では

 

なんと 人間洗濯機。

うぉー スゲ~。

2,30年後には こうなるんじゃ~。

いやいや そうなりませんでした。50年後も (笑)

小学校6年生の わたしにとって 当時初めて見るもの 聞くことばかりでした。

「セルフ サービス」も そのひとつ。

どんなサービス?? サービス?

母親と 座っとっても 誰も注文も 水も来ない。

回りを見ると みんな自分でしとる。

これが 「セルフ サービス」か~? (笑) (笑)

そんな思いで多き 大阪万博でした。

 

 

今は 万博公園には ひっそりと太陽の塔。

50年経っても その圧倒的存在感は 健在です。

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